ボッタクリのホームラン王

　人には「ナメられやすい人」というのがいて、ベトナムにおける私がそれである。どうナメられるのかというと、ものを買うとき私だけ高いのだ。友人が100円で買ったものを私が買おうとすると、どういうわけかベトナムのおばちゃんが130円請求したりする。ボッタクられ体質と言えようか。
　 友人がタバコを1万ドン（約70円）で買ったその1分後に、私が同じ店で同じものを買おうとすると、
「1万2000ドン（約85円）だ」
と言われた。
「さっき俺の友だちがここで1万ドンで買ったの知っているよ」
　といくらベトナム語で説明しても、
「ダメだ、お前は1万2000ドン」
　と、店のオヤジは譲らない。もちろん友人は日本人なのだが。
「そんなら買わないよ」
　クルリと背を向けて行こうとする。ボッてる奴なら「ああ、わかったわかった」と値下げに応じるのだが、このときはオヤジは引き留めもしなかった。
　日本人同士4人で牛肉麺を食べに行ったときも、私だけ勘定が少し高かった。同じもんである。
「なんでや」
　と聞くと、
「あんたは身体が大きいから、牛肉をそのぶんたくさん入れた」
　いやいや、そんなこと頼んでないでぇ。

　なぜ私だけボッタクリの目に遭うのか、友人といろいろ話していて出た結論（？）は。私のオデコ辺りに日本人には見えないが、アジアの人には見える「ホームランマーク」が刻印されているのではないか、ということだった。で、そのマークをくっつけたままヒョコヒョコ買い物に行くと、
「あ、コイツは思い切りぶっ飛ばしていいんだな」
　と、店の人が思いきりふっかけてくる。そう考え出すと、ものを買うとき、いつも店の人が私のオデコらへんをちらちら見ていたような気がしてきた。

　ボラレるのに馴れてくると、だんだん「来るな」という呼吸が文字通りわかってくる。悲しい皮膚感覚だが（わかってもしょうがないのに）、ふっかけた金額を言うとき、いつも彼・彼女らは、「すぅ〜」といったん息を大きく吸い、腹式呼吸してから金額を言うのだ。
　あれはバンコクで散髪したときだった。私は海外でいきなり散髪してみるという不思議な趣味がある。で、その店はカット担当者が若い女性で、
「どんなカットにしますか」
　と聞かれたから、いつものセリフで
「ライク・ユア・ボーイフレンド（君の彼氏と同じように）」
　すると彼女はケラケラ笑って、私の髪の毛を頭頂部にまとめて、
「モヒカンでいい？」
　とやって今度は私を笑わせた。なかなか陽気でいいお姉ちゃんだった。事前に聞いた料金は、カットとシャンプー合わせて150バーツ（約520円）だ。シャンプーまで終わると彼女が「耳掃除する？」と聞いてきたのでOK。「マッサージする？」も、肩を少し揉んで貰った。
　いちいち「する？」と聞くからには、別料金なのはわかる。でも「そんなに高くないだろう」と思っていたのが甘かった。
　お会計のときにレジ担当の女性が息を吸い始めたのだ。
「すぅ〜」
「き、きた〜」
　私が腹を決めると、彼女はいっきに息とともに値段をはき出した。
「600バーツです（約2000円）」
　え〜。耳かきと肩もみがカットとシャンプーの倍以上すんのかよ。オプションの方がそんなに高いなんて、ここ、何屋さんなんだよ〜。散髪で2000円って、日本とそんなに変わらないよう。
　でも後の祭り。やってもらったものは払うしかない。

　そうやってボッタくられていくうちに、だんだん私にも耐性が出来てきた。ボッタクリと書いてきたが、金額にして数百円レベルの話なのだ。昔、新聞で読んだ「上海でビール1本25万円」とか、そんな凶悪な金額ではないのだ。そこに目くじらたてるよりは、「なんでオレだけ高いの？」ということをちゃんと説明があって、私のメンツを立ててくれるならそれでいいのだ。今から考えると
「身体がでかいから、ひとりだけたくさん牛肉を入れた」
　という麺屋の言い分も、もっともではないか。
　今は怒ったりせず、一応、こちらのメンツを立ててくれるような説明があれば、請求通りの金額を払っている。隣で数十円の値引き交渉にカッカしている日本人旅行客を「まだ悟っていないな」と横目でみながら。（写真の人物は私をボッタくった人ではありません。念のため）

（2007年10月号 | 2007年10月29日 月曜日 10:55 JST更新）