ベトナムの日本人/久保田将司さん /チーズ職人

「作り手と食卓を近くに」、人と人が繋がり文化になる
ダラットで挑む、世界に通用するチーズ作り

撮影/大池直人 Kubota_0002 ベトナム中南部の高原都市ダラット(DaLat)、午前4時半。チーズ工房の1日は、乳牛の乳搾りから始まる。その乳が14人のベトナム人の手でモッツァレラやカマンベールとなり、ホーチミン市やハノイ、ダナンなど街々のレストランのテーブルに上る。今では、コンビニエンスストアや隣国にまで販路が広がった。「ベトナムでのチーズ作りは元はと言えば、ピザ用チーズから」。チーズ職人の久保田将司さんの挑戦は、2013年にホーチミン市のイタリアンレストラン「ピッツァフォーピース/Pizza4P's」の呼びかけに応じたことで始まった。 「チーズを知らないベトナム人が大半で、今では作り方だけでなく、味わう楽しみも覚えてくれたスタッフたちも、当初は口にしようとはしませんでした」と振り返える。 そもそも久保田さんは、フランスでチーズ作りを学び、職人として修行を積んだという経歴の持ち主。確固としたチーズ文化を有するフランスから、チーズ文化がほとんどないベトナムへ。 「乳牛の産地として知られるダラットですが、一般にエサに使われている草の栄養価では、満足のいくチーズが作れない。そこで研究機関と協力し、地元の農業副産物、例えば大豆やココナッツの粕を牛のエサに使用できるか検討しています」。 他にも雨季に弱い乳牛への対策や輸出時の品質管理など、悩みは絶えない。しかし、こういったベトナムならではの問題に対する試行錯誤が、地域や人に新しい発想や仕組みをもたらし、活性化につながっていくという手ごたえも。 ベトナムでは馴染みの薄い、「ファームトゥテーブル」というコンセプトもその一つ。「作り手の顔が見える、安全な食品を消費者に届けたい」と語る。そして、こうしたチーズに対する真摯な態度とその品質は、ベトナム在住のフランス人に口コミで広がり、共感したフランスのシェフから、支援を得られるようになったという。 「5つ星ホテルのレストランシェフから直接助言をいただける。日本やフランスじゃ考えられない貴重な経験です」。  今のベトナムを「チーズ文化の過渡期」と捉える久保田さん。カマンベールのパッケージには、初めて口にする人に向けて、食べ方の案内を記すという工夫が施されている。 「かつての日本人のように、ようやくベビーチーズを手に取り始めたところ。今は食べやすさに目を向けていますが、段々とブルーチーズのような癖のある味にも手を広げていきたいです。日本にわさびチーズがあるように、ゆくゆくはベトナムオリジナルのチーズを作れればと思います」。 淡々と、それでいて情熱的な久保田さんの口調からは、チーズ作りは文化作りという強い意志が伝わってくる。 「ベトナムから東南アジアのチーズ文化を確立し、フランスに輸出できるような製品を作りたい」という久保田さんの挑戦は、この国のチーズ文化同様、まだ始まったばかりだ。
久保田将司 くぼたまさし 1980 年、三重県生まれ。東京のワイン& チーズバーに勤務後、25 歳からフランスに5年間留学。国立乳製品専門学校でフランス国家認定のチーズ職人資格を取得後、ナンシー大学チーズ製造技術科を卒業。2014 年にはフランスのエスコフィエ協会認定のチーズ職人に選ばれる。2013 年からベトナムに移住し、ベトナム人スタッフと共にチーズ製造に奮闘中。
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