ヴィジュアル☆ベトナム/FACES FROM THE STUDIO/スタジオの面々

ヴィジュアル☆ベトナムダラット市場の階段を上がっていくと、1960年代から夫婦で営んでいる小さなフォトスタジオがある。これまで何度かその受付に座って、その仕事ぶりを観察してきた。 客は10分ごとにやってくる。すかさず奥さんが撮影の目的を尋ねる。パスポートか身分証明書か、入試なのか就職か。そうして服装や髪型に目を通し、襟を直して、にっこり笑う。彼女の動きに無駄はないが、温かい。何十年も同じことを繰り返しているのに、常にさわやかで親身だ。彼女の指示に従えば、間違いはない。 客がいなくなると私たちはおしゃべりをし、彼女は写真を切り揃える。「“美人”さんが一番大変なのよね」と彼女は打ち明ける。「そうじゃない人に比べて、写りの良さをとても細かく気にするから」。 私は恐る恐る、今日は写真が必要なのだと伝える。この写真によって、“自分の正体”が明らかになり、スケッチの読者に“私”が知られる。この小さな試みを思いついたのは自分だが、普通の証明写真ではやりすぎだ。そこでダラットのベレー帽をかぶることにした。彼女はすぐに私の意図をくみ取り、ベレー帽をかたむけて、“肖像写真”の準備をしてくれた。小さな鈴を鳴らすと主人が階下からやって来て、私を座らせ、笑いすぎないようにと指示を出す。どこを見てたら良いんだろう?あら、もう終わってる! C7B その後は受付に陣取って、緊張している客や、恥ずかしがる子どもを改めて観察した。「大丈夫よ、私も全部乗り越えたんだから」。仕上がった写真と共に、彼らはちょっとした褒め言葉も受け取る。「すごくハンサムね!」。おかげで自分の外見に対しての抱いていた不安は、あっという間に消えてしまう。この女性がカウンセラーのように大切な心理的な働きかけをしていることに、はっと気づく。スタジオという視覚の聖域にもかかわらず、アイデンティティにまつわる厄介な問題を緩和してくれている。 2日後、私は自分の試みを受け取りにいった。5枚のプリントを封筒から取り出し、そこに自分を見つけた。異なる時代からやって来た“ フレンチ” っぽい、ほうろうの人形! これって私なの?
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人アーティスト、写真家、文筆家としてベトナムと日本で活動。シドニー大学・日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 www.suehajdu.com facebook: Sue.Hajdu.Projects
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