ヴィジュアル☆ベトナム/EXTRAORDINARY SPACE/異例の空間

ヴィジュアル☆ベトナムこの冬から東北の雪国に滞在している。これまで暖かい場所で暮らすことが多かった私が、山に囲まれた環境で視覚的に最も驚かされたのは、もちろん雪。眩しい白さよりも、深い雪がまるで彫刻家みたいな役割を果たすことが、私の心をかき立てる。特に衝撃的なのは、雪が近所の家々にさりげなく降り、それらを途切れないひとつの姿へと人知れず変えてしまうことだ。 雪国暮らしのこの彫刻体験は、極端に削られたベトナムの街並みを私に思い起こさせた。だが、その過程は東北の雪の場合と反対だ。 建物が解体された後、周辺の建物の間に突如現れる隙間が「負の空間」を生み、思いがけず隠れていた姿をさらけ出す。この「負の空間」の突然の衝撃を言葉や写真で示すのは難しい。ベトナムに長く住んでいる読者なら理解できるだろうが、体験しなくては分からない種類のものなのだ。 ベトナムでは、世にも珍しいやり方でビル同士が互いの姿を変えている。建物が独立していることはまれで、大きくなった有機体の塊は、わずかな釘やねじでつながれているだけだ。戦後のベトナムでは、大半のコロニアル建築が歴史的価値を顧みられることなく、やみくもに改装され、商店や差しかけ小屋が見境なく辺りのファサードにくっつけられた。ごちゃごちゃした周辺の奥に古い大きなヴィラがひっそりと建つサイゴンでは、コロニアル建築はほとんど残ってないと考えてしまうだろう。建築の歴史に忠実に向き合おうとする意味では悲劇だが、視覚的にも空間的にも、とてつもなく豊かで刺激的な環境だ。 空間が削られている様を考えれば、サイゴンをはじめベトナムの大都市の多くが、生活環境として異例なのだ。世界の全ての街を訪れたわけではないけれど、これほど強く彫刻的な印象を受けた場所といえば、ニューヨークだけ。これを体験できる、たぐいまれな時代に私たちはベトナムにいるのだ。 サイゴンの繁華街では、ますます多くの高層ビルが古い建物にとってかわり、街が一般的で普遍的な姿になるにつれ、ひしめき合って、重なり合い、削られ、突然の隙間と欠如がある街の空間は、次第に姿を消している。
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人アーティスト、写真家、文筆家としてベトナムと日本で活動。シドニー大学・日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 www.suehajdu.com facebook: Sue.Hajdu.Projects
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