
バインダーはとにかく具だくさんが喜ばれる。こちらの具材は海老と魚のチャー、きくらげ

北部の港町ハイフォン(Hai Phong)には、「バインダークア/Banh Da Cua」(Banh Da=米麺、Cua=カニ)という麺料理があります。これは、この地域特産の「バインダードー/Banh Da Do」という赤茶色の米麺を、カニだしのスープで食べる汁麺です。
「バインダー」は北部では「ライスペーパー」を指す言葉ですが、ここではライスペーパーと同じ工程で作った生地を、裁断して麺にしたものという意味で使われています。皆さんよくご存じの米麺「フォー/Pho」も同様の作り方なのですが、フォーは生地を蒸した状態のままで乾かさず、プルプルしたものを味わうのに対し、バインダーは天日に干して半乾きにします。こうすることで、独特のコシのようなしっかりとした食感のある麺になります。日本人はコシのある麺が好きなので、「現地のフォーは柔らかすぎてどうも…」という人も多いのですが、こちらの麺はファンが多いようです。
また、米麺は米の色と同じく白いものが多いのですが、このバインダードーはサトウキビのしぼり汁を麺生地に加えて赤茶の色を付けます。サトウキビの汁と聞くと甘そうなイメージですが、甘さは付かずに麺に独特の風味とコクが加わります。
スープは北部のカニ汁スープ「カインクア/Canh Cua」(Canh=スープ、Cua=カニ)と同様に、小さな田ガニからダシを取ります。殻ごとペースト状にすり潰したカニを、たっぷりの水に溶いてから1度濾(こ)します。するとカニの身は水に溶け、濾し器には殻が残るので、これを取り除きます。このカニの身の溶けた汁を火にかけると、身のたんぱく質が固まり浮いてきます。そしてその浮き実の下には、カニの旨味がしっかりと溶けたカニスープが出来上がるのです。このカニのスープを豚骨スープで割ったり、炒めたカニみそなどを加えたりして、味付けすればスープの出来上がり。
具材はバリエーションがあり、炒めた海老や、魚や豚肉のすり身を揚げた「チャー/Cha」などをのせます。店によっては数種類の具材があり、選べるところもあります。また、野菜も特徴的で、ベトナムの麺と言えば香草を加えたり、生野菜を加えたりして食べることが多いのですが、この麺にはサッとゆがいた野菜を合わせます。空芯菜や水オジギソウ、セリなどと、季節によっても変わります。
ハイフォンの街中には、このバインダークアを出す屋台がたくさんあります。フォーのご当地も同じ北部なのでフォーも食べるのですが、ハイフォン人はフォーよりもバインダーを頻繁に食べます。「ベトナム人=フォー」という日本人のイメージは、必ずしも当てはまるわけではないのです。

ハイフォンの市場で売られているバインダードー。半乾燥の麺はパリパリでもなく、プルプルでもなく、ゴムの様なしなやかな質感
伊藤忍(ベトナム料理研究家)
2000年より約 4 年間のベトナム暮らしの後、帰国。現在、日本にてベトナム料理教室やベトナム料理店のメニュー開発、執筆を中心に活動。2011年7月に新作『ベトナム×ハノイ36通りグルメ』(情報センター出版局)を出版。詳しくはホームページ(www.vietnamfoodnet.com)を。