伊藤忍のベトナムめし大全/第78回 魚のココナッツミルク煮汁麺/Bún Kèn

KIMG1221少なめの汁と小さくつぶした魚は、麺によく絡んで食べやすい

今まで私は、色々なベトナム料理を食べるためにベトナムに住んだり、旅をしたりしてきました。しかし、料理の存在を知って食べたいと思いながらも、長い間なかなかめぐり合うことができない料理がいくつかあります。そんな料理の中の1つを、念願叶って食べることができたので、この興奮が冷める前に皆さんにご紹介しますね。 長年、恋焦がれたその料理とは、先日訪れたフーコック(Phu Quoc)島で食べた「ブンケン/Bun Ken」。米麺のブン(Bun)と魚ダシにココナッツミルクを加えた汁とを混ぜていただく麺料理です。 ケン(Ken)とはクメール語の響きをベトナム語で表記したもの。そうです。この料理は元々、クメール人の料理だといわれています。フーコック島やハーティエン(Ha Tien)があるキエンヤン(Kien Giang)省や、チャウドック(Chau Doc)があるアンヤン(An Giang)省でよく食べられており、はるか昔、このエリアにはカンボジアの主要民族であるクメール人がたくさん住んでいました。そして現在でも、 ベトナムに暮らしているクメール人がいるので、メコンデルタの各地域では、この料理以外にもクメール料理がルーツとなっているものがたくさんあります。少しずつオリジナルの変化が加わってベトナム料理化しており、地域ごとに違いがあります。 この汁麺に関しても、今回食べたフーコック島の屋台では、必ずカーニョン(Ca Nhong=カマス科の魚)を使うのがこだわりとのことでしたが、時期によって魚を変える店もあるようですし、チャウドックでは淡水魚である雷魚で作るそうです。 フーコック島では、下味をつけた魚を茹でて身をほぐしてからすり潰し、レモングラスやニンニク、トウガラシと一緒に炒めます。魚を茹でた旨みたっぷりのダシには、カレー粉またはターメリックとココナッツミルクを加えて汁を作ります。器に米麺ブンとハーブや生野菜を盛り、上からスープと魚醬(ヌックマム/Nuoc Mam)の甘酸っぱいタレを注げばでき上がり。それほどスパイスが主張するわけでもなく、ココナッツミルクとタレの優しい甘さが癖になり、ペロリと1杯平らげてしまいます。食べたいと思ってからすぐに出会える料理もうれしいですが、焦らされて出会えた料理はより喜びも大きいですね。だからこそ、私のベトナム料理の探究は続くのかもしれません。

KIMG1219バジルやミント、タデなどのハーブ、青いパパイヤ、きゅうり、生のもやしなどが入り、香り豊かで食感もよい。フーコック島を訪れたら、ぜひトライして

伊藤忍 いとう しのぶ ベトナム料理研究家。2004年より日本にてベトナム料理教室『an com』を主宰。ベトナム料理店を広めるために料理教室のほか、テレビ、ラジオ、雑誌、書籍などで幅広く活躍中。 ウェブサイト:http://www.vietnamfoodnet.com