ヴィジュアル☆ベトナム/雄弁な語り手/THE STORYTELLER

NTV01Photo © Mai's visualデザイナー兼アーティストのマイ・ラム(Mai Lam)は、モデルと並んでキャットウォークを歩いていた。2人とも、ベトナムの婚礼衣装の一部である帽子「カンドン/Khan Dong」をかぶっている。モデルのカンドンからは何本ものビーズの紐が垂れ下がり、東洋の神秘的な長いカーテンのようだ。長い絹シャツとビーズの首飾りの間からのぞくのは、伝統的な下着「イム/Yem」に施された刺繍の鳳凰。これに組み合わされたカーキパンツ、ミリタリーベルト、すらりとした太ももをむき出しにした編み上げのロングブーツ。見る者を恍惚とさせるこの出で立ちに、お香の煙、純潔の花嫁、爪を長く伸ばした中国の高級官僚にパンクファッションを足した“インドシナ幻想物語”というイメージが浮かび、私の頭はクラクラとなった。 ドンコイ通りのブティック「マイズ/Mai's」で、重厚なカーテンとヴィンテージバイクの間に陳列された洋服棚を物色した。ショートパンツにあしらわれたビーズのしなやかな線は、夏風のおとぎ話を思わせる。ベトミン風のキルトのベストや、米軍のヴィンテージ軍服は、石や格子柄、官能的な花の刺繍で飾られており、軍服の強そうな見かけがどこか女らしく高貴な印象だ。ベトナムの地域的な個性を生かしたマイの他の作品を、始皇帝、ナポレオン、ニクソン、ホーチミンが壁から見下ろしている。これらの強烈なビジュアルは「デザイナーの服」以上の深い何かを感じさせる。 4000年にわたるベトナム文化や歴史とマイ個人の記憶と経験。それが「無比のスタイルの博物館」と表現する店と服のデザインに注ぎ込まれ、そこに多岐にわたる素材と驚異的な職人技が加わる。デニムやTシャツ生地などのありふれた布地が、ここでは絹やブロケード、サテン、イタリアンレザーなどと同等に扱われる。有名な工芸村から選ばれた刺繍職人の女性たちは、かつて女たちが針仕事によって無地の布を精巧な民族布に仕上げたように、衣類を豪華で貴重な作品にする。ジャケットの試作に数百時間を費やすそうだ。 格子柄の刺繍の上に、さらに刺繍や手製の飾り鋲が施され、物理的にも意味的にも深みをもたせる。これらの服は重ね着することで完成される。和柄、チャイナボタン、兵士、ライダー、魔術師など、様々な文化が交わり、まったく新しい発想が生まれる。それが彼女の作品の素晴らしさなのだ。他のスタイルもあるが、幾層にも重なり複雑で手の込んだ作品こそが彼女の特徴であり、強烈な魅力。皇帝の長衣やハワイアンタトゥーのように、これらの衣服を着ることは象徴と物語を身にまとうことなのだ。 一般的に洋服は機能的なもので、連想させる力をもたない。だがマイの作品は、適当に仏像を貼り付けただけの浅はかな「デザイン」でも、ベトナム的ないわゆる「ハイファッション」のような、わざとらしい過激主義でもない。店の内装と服がうまく共生している様子から、マイの審美眼の深いルーツが感じ取れる。彼女は有形・無形にかかわらずベトナムの最も良いところをすくい上げ、魅力的なビジュアルの物語を語る最上級の素晴らしい衣服に仕上げるのだ。
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人文筆家、和英翻訳者、写真家。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 ベトナムと日本でアーティストとして15年ほど活動。 ウェブサイト:www.suehajdu.com
Mai’s 住所:132-134 Dong Khoi St., Dist. 1, HCMC
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